篠田節子"百年の恋"

先週に図書館で借りてきた篠田節子"百年の恋"(朝日文庫,2003)を読了。いやはや、実に面白い本で大満足。今まで読んできた結婚生活をテーマにした物語では、ダントツで最高。以下、ネタばれあり。

梨香子は33歳のエリート銀行員。才色兼備の彼女が、ある日、年収200万円のオタクなライター・真一となぜか恋におちて、そして結婚−。

というのが裏表紙に書かれているあらすじなのだけど、この梨香子サン、外では物腰柔らかで仕事はバリバリで非の打ちどころがない女性なのに、真一の前では突然ボロボロと泣き出すは、トイレの便器にやつあたりして割ってしまい後片付けを真一にさせるは、というトンデモナイ女性なのだ。

この小説の肝は、夫である真一を語り手にしているところ。梨香子視点は一切描かれない。家事はほとんど一切せず、パンツすらも"汚れた面をだしっぱなしにして"放り出しておく梨香子。自室は散らかり放題で、妊娠して産休に入っても全く片づけないままに出産し、妻子を迎えいれるために梨香子の部屋を片づける真一。手伝ってくれているベテラン女性編集者である秋山サンについに限界だと自分が今まで如何に耐えてきたかを訴えた真一に対する、秋山サンの一喝。

「あなたに妙なこだわりがあるからよ。偉そうな顔をするからよ。パンツがどうしたって?私も、私の母も、祖母も、夫や父や祖父のパンツを洗ってきたのよ。洗濯機もない時代から。つまりあんたたちは、そうして平然として、自分の脱ぎ散らかしたものを洗わせてきたんじゃないの。そこに恥じらいがあった?感謝があった?たかが汚れ物だろうが。生きてる証拠じゃないの?」(264頁)

梨香子の行動について非常に理解しつつも、真一の心情に入っていたワタシにとって、ここのカタストロフィはものすごかった。うわぁ、こうくるかー、という衝撃。

なおあとがきによると、"仕事をもつ既婚女性の5人のうち3人に「あれのモデルは私ですか?」と訊ねられた"とのこと。さらに"残りの2人は「私以外にもあのような人がいると知って安心した」というもの"だとのこと。私自身も彼女に重なる部分はいくつも思い至った。とにかく本書は仕事をもつ既婚女性にも、その配偶者にも、将来結婚したいと思っている単身者にも、楽しめるのではないかと思う。

余談になるけど、1箇所だけ残念だったのは、作中の真一クンの育児エッセイで保育園について書かれている下記の箇所。

前提として、ゼロ歳児、一歳児の受け入れ数は圧倒的に少ない。何しろ手間がかかるのである。ゼロ歳児であればミルクから、オシメ交換を頻々とやらなければならない。専門の経験をつんだ保母さんでも一人で子供二人みるのが精一杯であるという(286頁)

著者が知っていて上記のように書いたのか、知らずに書いたのかはわからないけれど、福祉施設の配置人員は法律で規定されていることについては、ほとんど一般には知られていないな〜と思う。日本の社会保障制度が複雑すぎるのが一因ではあるけれど、福祉施設の側ももっと制度を広く理解してもらえるような働きかけをしなくてはいけないのではないかな、と思う今日この頃。