研修と墓参

今日は祖母の命日。早いもので10年祭。午前中は研修で、午後に家族と合流して墓参。例年この日は晴れるのは祖母の力だろうか。

祖母の思い出はたくさんあるけれど、一番申し訳なかったなぁと反省しているのは、私が今のポコンたんくらいだった頃に"このごうじょっぱりっ!!"と言われて始終叱られていたのだけど、私自身は祖母と喧嘩しているつもりで、"そういうばあばがごうじょっぱりっ!!"と思っていた。祖母が亡くなったあの日の夜に、祖母の隣で昔のアルバムを見ながら、唐突に"あれは喧嘩じゃないじゃん。叱られていたんだー!!"と気がついたのだった。…という話を後日母にしたところ、"そうよ。しのは喧嘩しているつもりだけど、こっちは叱ってるんだ、と怒っていたもの"とのことだった。それはそうだろうなぁ(苦笑)

性格が穏やかでやさしい兄と違って、そんなわけで私は祖母に叱られることが多かった。小さい頃は、きっと祖母は兄だけが大好きで、自分のことはかわいくないのだと思い込んでこともある。そう、ずっとずっと祖母は"こわい"存在だった。だけどその夜にあらためてアルバムを見ながら、どの写真でも祖母が私や兄をどこまでも優しいまなざしで見守ってくれていることに気がついた。もちろん孫だから、誰よりも大切にされたし、可愛がってもらった。だけど、その厳しさとやさしさは、孫や家族だけでなく、祖母と一緒に仕事をしてきたみなさんが話されるように、周囲のありとあらゆる人々に対して向けられていたのだ。自分が仕事をするようになってから、そのことのすごさをあらためて感じている。

祖母の教えてくれたことは、文字通り三つ子の魂として私のなかにしみこんでおり、部屋からでるときは電気を消すのは当然だし、庭の水遣りには雨水をつかい、洗濯もできるだけお風呂の残り湯を使う。ただし祖母のようにバケツで運ぶ根性はないので、雨水樽や専用のポンプを使うけど。幸い相方氏も関西的なドケチなので、電化製品を買うときには消費電力の低いものを選んでくれる。震災後、世間では節電とか節水とか騒がれているけれど、我が家では平時から比較的普通に実行しているので、ほとんど変わらない。祖母が教えてくれたのはどれほど大切なことだったかと、3月の震災であらためて認識したのだった。

ポコンたんは実に祖母にそっくりで、本当によく似ている。世代を超えて凝縮しているようだ。きっと祖母も喜んでくれているだろうな。