"正社員が没落する−「貧困スパイラル」を止めろ!"

今日の妊婦健診の待ち時間にて、堤未果・湯浅誠"正社員が没落する−「貧困スパイラル」を止めろ!"(角川oneテーマ21,2009)を読了。二人の過去の著作と重複する内容も多々あるけれど、新書にこの内容をコンパクトに読みやすくまとめられていて、ボリューム満点。読みながらこんなにうなづいて、こんなにマークをつけたのは、久しぶりのこと。内容は濃いけれど、基本的に対談形式なので、読みやすい。貧困問題に興味ある方、社会福祉関係者以外でも、働いているヒト、働きたいけど働けないヒト、誰でも読んで全く損はない。むしろ是非できるだけ多くの方に読んで欲しい1冊。

堤未果"ルポ貧困大国アメリカ"(岩波新書,2008)を読んだときの衝撃は、2009年3月6日2009年3月7日のエントリにわけて書いたけれど、本書ではその後のアメリカの状況が紹介されている。医療や教育における過度の競争や民営化が進められた結果、従来はアメリカンドリームの主役であった医師や、給与はさほど高くなくても社会的評価は高かった教師たちが、貧困層に落ちていっているという現実である。

堤 (前略)例えばアメリカで貧困層の三重苦と呼ばれてきたのは「女性・黒人・低学歴」の三つですが、今格差の下には白人もいるし男性もいる。高学歴の医師や弁護士といった人たちが沢山います。毎年約百万人出ると言われる失業者のうち、長期失業者の四十四パーセントがホワイトカラーなんですよ。(p.37)

これに続いてアメリカと日本の教育と医療の状況が語られているので、全部を紹介したいところだけれど省略。なお"ルポ貧困大国アメリカ"では、経済的に裕福でない層の学生をターゲットにした実質的な"徴兵政策"について報告されていたけれど、日本でも湯浅氏が事務局長を務める"もやい"に自衛隊のリクルーターが勧誘が来たことがあるのだそうだ。お二人も話されているとおり、戦争と貧困は別問題ではなく、同一線上の問題である。

第三章では、日本の労働や社会保障をめぐる状況が報告される。

先進国で比較すると、もともと日本政府の社会保障はきわめて貧弱だった。そこで国にかわってセーフティネットの役割を果たしたのが、企業、家族、地域社会であった。
企業は終身雇用制を謳い、一度就職すれば年功序列で定年になるまで右肩上がりで賃金が保証され、企業年金制度によって退職後の生活の安定も約束されていた。健康保険、雇用保険はもちろん、社宅や社員旅行など競うようにして福利厚生に力を注いでいた。
家族の役割も大きかった。年老いた親の面倒は基本的に家族でみることが前提であり、就職に失敗したり、所得が少なかったりしても、とりあえず実家にいれば当面の暮らしは確保することができた。(中略)
さらに以前は、この企業と家族のあいだに地域の疑似家族的コミュニティも存在していた。(中略)
しかし、今ではこうした日本型セーフティネットは機能不全に陥るか、著しく縮小している。それを強く後押ししたのが、一九八〇年代の中曽根政権に始まり、小泉構造改革にいたる一連の規制緩和だった。
まず企業である。バブル崩壊後、企業としての生き残りが最優先されるようになる。(中略)

アメリカ流の、経済者の仕事は利益を出すことであり、社員の面倒をみることではない、というイデオロギーがそれを正当化した。そこでは、社員はもはや単なる労働力にすぎない。(pp.96-98)

企業、家族、地域社会によるセーフティネットが働かないとすれば、貧困化を食い止めるのは、国による社会保障しかない。しかし、日本の社会保障は先述したように非常に薄い。二〇〇三年の調査では、GDPに占める社会保障給付費の割合は17.7パーセント。EUの平均26パーセントを大きく下回っている。(中略)
とくに日本の社会保障の大きな欠陥は、格差是正機能の欠如である。したがって、いったん貧困化への道を歩み始めると歯止めがきかない。(中略)
国が用意する最後のセーフティネットが、生活保護である。ところが、最低生活ラインを割り、生活保護を申請しようとしても、そこには壁がたちはだかっている。福祉事務所が生活保護受給者を少しでも減らそうと、申請をさせない「水際作戦」を実行しているからだ。(中略)
日本弁護士連合会の調査では、窓口で拒否された生活保護申請のうち、じつに66パーセントに生活保護法違反の可能性があるという。(中略)

しかし「弱い生活保護申請者を踏みにじる、無理解な福祉事務所」という構造は一見わかりやすいが、実態はそれほど単純ではない。(中略)
「正社員VS非正規社員」がニセの対決であったように、「福祉事務所VS生活保護申請者」もまた、作られたニセの対決なのである。どちらも、もっと大きな貧困化の進行と、日本社会の歪みのなかで、互いにいがみ合うよう追い込まれているのだ。(pp.99-101)

このあたりの内容は、決して新しいものではない。社会保障や社会福祉を多少なりとも学んでいれば、必ず承知している知識である。ただ、湯浅氏がすごいと思うのは、知識を知識にとどめずに現実の問題とリンクさせて、非常にわかりやすい形で伝えていることである。それは湯浅氏が高度教育を受けたうえで、フィールドをもっている力だろう。ただ、それにしても社会福祉の現場からこのような発信が少なすぎるのは惜しい。例えば介護職をはじめ社会福祉職の低賃金や地位向上を求める声やネガティブキャンペーンは多いけれど、その現実と自分たちが日々対応している高齢者や児童や障碍者の生活問題(貧困問題を含む)が根本的には同じ構造に基づくことを理解して、世間一般に伝える努力をしている人は本当にごく限られている。湯浅氏は自身を"運動家"と位置付けられているようだけど、社会福祉職の本来的な役割にはソーシャルアクションが含まれているのではなかったのか(その余裕を制度的に奪われているという一面もあるけれど)。

本書の後半では、ではどうすれば貧困問題は止められるのかという内容が書かれているので、続きはまたあらためて。

正社員が没落する  ――「貧困スパイラル」を止めろ! (角川oneテーマ21)

正社員が没落する ――「貧困スパイラル」を止めろ! (角川oneテーマ21)