梅棹忠夫"知的生産の技術"(岩波書店,1969)

本書は、おそらく高校生の頃に、両親または兄の誰かの書棚から借りて読み、京大式カードや読書記録などを挑戦したことがあるのだけれど、当時の自分にはその重要性は実感できず、定着しないままいつしかやめてしまっていた。昨日、著者の訃報を受けて書店で購入し、一気に再読した。

再読して、現在いわばブームのようになっており、私自身も多数を読んできたいわゆるノート本や(情報)整理術、仕事術等の書籍は多かれ少なかれ本書がベースになっていることにいまさらに気がついた。著者は本書の意図について下記のように述べているので、その目録見は見事に実現されているということなのだろう。

この本でわたしは、たしかに、知的生産の技術についてかこうとしている。しかし、これはけっして知的生産の技術を体系的に解説しようとしているのではない。これは、ひとつの提言であり、問題提起なのである。これを読まれたかたがたが、その心のなかに問題を感じとって、それぞれの個性的にして普遍的な知的生産の技術を開発されるための、ひとつのきっかけになれば、それでいいのである。(p.19)

私自身はこの何年間か意識的にその手のビジネス書を集中して読んできたけれど、結局書かれているエッセンスは本書等に集約されているように思う。本当に必要なのは実践することなので、この先当面の間は必要なときには本書とあと数冊のいわゆる古典に属するような書籍を読み返せば十分だなぁという気持ちになっている。結局のところ古典が一番参考になるということなのか。

本書のなかで一番響いたのは、下記の一文。

うっかりすると、事務的な処理に時間とエネルギーの大部分をとられても、自分では、けっこう何か仕事をした、という気になりやすい。事務がかたづいただけでは、創造的な知的生産は、なにひとつおこなわれていないのである。(p.93)

自分自身が悩んでいたのがちょうどこのことに関する二つの側面だったので、痛いほどに突かれた。悩んでいたのは、第一に、仕事はいわゆる事務系中間管理職の末席なので、業務内容はもっぱら事務作業になる。とはいえ、場面場面で「考えること」や「思いつくこと」は生じる。けれども目の前の業務に追われてしまい、この貴重な「思考の切れはし」や「着想」はたまに手帳やノートに書くことはあっても、体系立てて記録することなく記憶のなかに埋もれてしまっているという現状がある。おそらく将来の自分の仕事に本当に必要なのは、霞のなかに過ぎ去ってしまう「思考の切れはし」や「着想」の方であることは痛いほど自覚しているにもかかわらず。さらには育児が一段落したら、また勉強と仕事の二足のわらじに復帰したいという野望も心の底に抱え続けているのだから、なおさらである。

悩んでいた第二の側面は、例えばevernoteやドキュメントスキャナなどというとても便利なツールはある。そしてそういうツールの使用方法もたくさん情報として公開されていて、大いに参考になる。だけど、例えばなんらかの自分なりのルールに則り、それらのツールを使いこなそうと思えば思うほど、必要な作業手順が増えていってしまうという悪循環に陥っているような気がしていた。

例えば新聞の切り抜きについて、これはと思って破っておく。しばらく置いて寝かしておいてそれでも必要と思う記事はスキャンしてevernoteに取り込んで保管しているけれど、そんな手間をかけるよりは、パッと紙に貼り付けて余白に考えたことを書いておく方が作業手順は少なくて手軽なのではないか。確かに空間は限られているから紙で保管するのは遅かれ早かれ邪魔になる。でもそれは今考えることではなくて、そうなったらそのときに考えればよいことではないか。今の自分は、まさしく上記の一文で書かれている"事務がかたづいただけでは、創造的な知的生産は、なにひとつおこなわれていない"という状況に陥ってしまっているのではあるまいか。

2009年1月2日のエントリに書いたとおり、奥野宣之"情報は1冊のノートにまとめなさい"(Nanaブックス,2008)を読んで、2009年1月以来、ずっとA6サイズ(今年度からは一回り大きいB6サイズ)のノート1冊に仕事も私生活もまとめてきたけれど、そのノートに書かれるのは私の場合専ら実務的な情報ばかりなので、そこに「思考の切れはし」や「着想」など長期的に保存したい内容を混ぜるのはむしろわかりにくくなる。なので、古典に帰って、それらの内容は梅棹先生にならってカード式にしてみようかなと考えている。ついでに新聞記事もA4判の用紙に貼り付けておこうと考えている。とにかく一度原点に戻って、梅棹先生方式に忠実に従ってみよう。何事も応用は基礎を自分の身につけてからでないと。

evernoteの最大の利点は、iPhoneさえあれば場所を問わずに参照できることなので、将来二足のわらじを復帰したとき、また蓄積した情報を職場でも活用することを考えると、自宅に保管するだけでなくevernoteにも置いておくことで利便性は非常に高まる。カード式やA4判の定型紙に"規格化"されていれば、必要なときにはスキャナで読み込むことが容易になるという利点もあるので、うまくいくような気がする。

ま、約1ヵ月後にはまた新生児のいる生活に逆戻りなので、こんなことをしている余裕があるのかどうかはさっぱりわからない。だけどわずかな隙間時間を縫うためにも、作業については簡略化する必要があるのだ。

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)