サニスケと夏期講習

2021年7月21日(水)

夏期講習初日。10時00分〜16時50分とほぼ終日しっかりと学んでくる。現在の塾は塾滞在時間が長めなのは事実だけど、その分問題演習まで終えてくるので、家庭での学習=宿題の負担は少ない。我が家のような共働き家庭だと大変にありがたい。

学校の夏休みの宿題のメインは、4教科のドリルなのだけど、ドリルが配布されてから夏期講習が開始するまでの2日間で大半を終えていた。通塾チームのクラスメイトの誰かが音頭をとってくれたのかな、お友だちの影響で計画的な取り組みをできることは素晴らしい。

生活リズムもきちんと維持されて、日中はお友だちとともにしっかり勉強し、帰宅後はのんびりフリータイムを過ごして、夕食後は宿題に取り組み、母と映画を見るか身体を動かして、寝る。サニスケは“普段と同じじゃん!“というけど、こういう夏休みを過ごすことがどれだけ貴重で、確実にサニスケ自身の力をつけるだろう、と母は思う。

 

あけめやみとじめやみ

2021年7月20日(火)

この数日に良いことが3つあった。

ひとつは、長女が猛暑の炎天下にもかかわらず、ひとりで英語レッスンに向かったこと。会議を終えてふとApple Watchの通知を見たら、英語教室から入室と退室の通知メールが届いていてとても嬉しかった。

実は先週末にまたわたしがコミュニケーションをミスしたのだろう、日曜日から会話がなくなってしまった。ただひとりで色々考えているのだろうなという気配を察しているので、ひたすら静観。

ふたつめは、長男が日曜日のテストで、わたしが5年生前期に目指していた指標をクリアしたこと。この数ヶ月間の積み重ねが結果に繋がり、よかった。まだまだ先は長いので引き続きコツコツ継続してほしい。

みっつめは、自分自身が仕事上の目標として密かに設定していた指標をクリアしたこと。

コロナ禍の閉塞感もあり、疲労を感じる瞬間も多く、迷路にはまった気持ち満載だったけれど、結局、やるべきことをひとつひとつ取り組むことしかできないのだ。

 

長女と担任の先生

2021年7月15日(木)

長女の担任の先生は概ね週に1回電話をくださる。昼休みにかかってきた電話で“どうですか?“といつものように聞かれて、“一時期昼夜逆転していましたが、最近は日中に起きています“と伝えたところ、“よかった〜“と心底ホッとした声。“小学校時代から通っている英語レッスンについてもしばらくお休みしていましたが、先月末から再開しました“と報告すると、またまた“よかった〜“とほぼ涙声に。今年の担任は、長女の学年団で中学1年生からずっと持ち上がりのベテランの先生で、1年生の時に長女が入っていた部活の顧問の先生でもある。退部したあとでお会いした際に、“将来は部長になれるお子さんと思っていたので、とても残念でした。お友だちに気を遣いすぎてしまったのかな“とおっしゃってくださった長女のことをよく知る先生なので、ありがたい。

長女が“周囲の出来事“や“他者の感情“に巻きこまれず、“自分自身“と周囲を切り離して捉え、“自分は自分“と思えることができるようになったら、きっと最強になるな〜と思っている。ちなみにそれをわたし自身が自覚し、そのことの良い面は維持しつつ、周囲と自分を分けようと試行錯誤を自覚的に開始したのは社会人になったあと、プライベートについては結婚した後(遅)なので、気長に見守る。純粋に年齢による側面もあるかも。

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長女校では毎年夏休みに入る前に保護者面談が行われる。例年は学校での様子と家庭での様子、進路の希望等について話すのだけど、今年は違う内容になることが想定されるので、正直なところどのような面談になるのかな、と思っている。学年主任の先生や校長先生まで同席されるとのことで、一学期をほぼ丸々休むとそういうことになるのだな〜などと思っている。面談でこちらから何かを話すつもりはなくて、学校側の話を聞くスタンス。ただし欠席日数が上限に近づきつつあるのは事実なので、今後の対応や許容される範囲については事実として確認するつもり。

ロッカーの教材も回収しなくてはいけないし(飲食物が入っていないことを祈る)、できれば一緒に行って欲しいと願うけど、無理強いはしないつもり。

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これは本人とも話していることだけど、現籍校に戻ることも、新しい環境に移ることも、どちらもパーフェクトな選択はない。これに限らず何事万事パーフェクトな選択なんてない。いつでも何にでもメリットとデメリットがある。そういうときには目的を明確にして(この場合は高校に通う目的)、その目的を達成するために必要なメリットはどこにあり、許容/代替できるデメリットは何かを整理して、選ぶだけ。

選択肢を提示したり、本人が見落としている視点を捕捉することはできる。その上で決めるのは本人で、本人が決めた選択を全力で支援する。ここで一旦ゼロスタートをできることは、(本人にとっても親にとってもきついけれど)良い機会なのだろうと思う。

長女と通院(5回目)

2021年7月14日(水)

前回までは2週間に1回だった頻度が、今回は3週間あきで指定された。

家を出た時は土砂降りで、天候に左右されがちな長女の体調も低調な様子。それでも会話しながら向かい、ここでも回復してきたことを感じる。

病院の最寄駅についたら雨は止んでいて、診察の際に先生から“どうですか?“と聞かれた本人は“だいぶ元気になりました“と話していたので、内心感動。

“終業式は午前中だけだろうから、行ってみる?“と先生に聞かれた長女は“いや、学校はまだ行きたくないです“とのこと。まだそこまでのエネルギーは溜まっていないらしい。先生もそれ以上は何も言わず、診察後に本人が“あれ以上何も言われなくてよかった“とつぶやいていた。

“若いから、時間が経つと自動的に勉強を始めたり、動き出します。右肩上がりで回復すると思いますので、焦らないように“とのことで、診察は終了。一番相談したかったこともお聞きできたので、よかった。

次回は4週間後を指定されて予約を入れる。“何かあったら、いつでも来てね“と言っていただき、良い先生だ…とまたまた思いながら、お礼を伝えて診察室と退出した。

診察後はいつものファミリーレストランでゆっくりランチ。お腹すいた〜とのことで、しっかり定食を食べる長女の姿が嬉しい。エネルギーが少しずつ回復していることは確かなので、このまま見守っていこう。

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帰路の途中でデパートをウインドウショッピングして散々歩き、自宅最寄駅で長女を先に帰して買い物をしてヘロヘロで帰宅したところ、サニスケから“明日藍染をするから白いTシャツがいる“と言われて、内心(1時間前に連絡くれていたら買って帰れたのにな…)と思いつつ、それを口に出しても何にもならないので、そのまま駅前にトンボ帰り。サニスケサイズ(160cm)の白いTシャツが見つからず、体操服になってしまった。

リフレッシュの週末

2021年7月10日(土)

今年の夏は、コロナ禍もまだまだ終息の見通しがなく、週明けからは緊急事態宣言がまたもや始まるうえに、オリンピック/パラリンピックも行われるようなので、旅行の計画も立てられないけど、あまりに息が詰まるので、思い切ってリフレッシュ外出をしてきた。梅雨の谷間の快晴だったこともあり同じことを考えたひとが多かったようで、途中で大渋滞。

基本的には山の方が好きだけど、海を見る方がリフレッシュできるように思う。車中では意識的に他愛もない話をするように心掛け、みんなで笑う。サニスケも長女も楽しそうだった。実は前夜から雲行きが怪しくなり、行きの前半まではどうなることかと思ったけど、途中で流れが変わってよかったよかった。

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現地では水平線を見ながら、子どもたちと冷たい水のプールに入り、水鉄砲で遊び、また笑いあう。ただただ純粋に楽しい時間。

子どもたちが小さかった頃の外出は楽しかったけど、大変な場面も多かった。特に長女はチャイルドシートに乗せるのも一苦労で、やっと出発したらすぐに“まだつかないのー?“口撃が始まり、運転しているオット氏は機嫌が悪くなるし…、思い出すだけで疲れる。それに比べると、自分たちで音楽聴いたり、寝たり、オヤツ食べたりしてくれるので、いまはうーんと楽になったなと思う。

帰りの車中で「帰りたくない」と言われ(自分も同感)、コロナ禍でも行かれるところを当面の企画として検討したり、コロナが終わったら行きたいところについて話したり。子どもたちがついてきてくれる限り、隙をみてあちこち出かけたい。もちろん感染対策は抜かりなく。

長女とデスク

2021年7月4日(日)

朝イチで東京都議選の投票へ。社会科見学と称してサニスケを同行する。会場内に入れるようになったのはよかった。

お昼からIKEAに行き、長女のデスクとチェアを購入。これまで使用していたのは小学校入学時に購入したもので、サイズが小さく以前から買い替えの希望があり、実はIKEAに行くのも3回目。

帰宅後は、既存デスク周りを片付け(大量のプリントが発掘された)、オット氏が解体して、新しいデスクとチェアを組み立て開始。ところが途中で長女に限界がきて沈没し、リビングに放置される組み立て途中のチェア。見かねて完成してくれるオット氏。デスクは翌日の夜に完成してくれた。

長女が起きている時間の半分以上を過ごすデスク。少し気分が上がるなら良いな。

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最近のサニスケのお気に入りは、Amazon primeで“荒野のコトブキ飛行隊“と“ジパング“で見ること。そろそろ少し戦争モノから離れないかな〜と密かに思うけど、確かに面白い。まいっか。

 

 

スウェーデンのラジオを聴く

2021年7月1日(木)

今日は仕事は休み。

今日の午後、書斎という名の物置部屋を片付けようとしたところ、留学前にスウェーデン語を習っていたときのテキストや瑞英辞典が出てきた。いま使用するかどうかでいえば処分一択だけど、懐かしくてときめいてしまった。テキストはともかく辞典は残留組確定。

むしろ違う世界に触れたいと思いスウェーデン語の学習について調べたところ、なんとSveriges Radioのアプリがある‼️

早速ダウンロードして、留学時代に愛聴していたP4(音楽が主体のチャンネル)をポチッ。

独特のイントネーション、独特の発音、大好きな光景。一瞬でイェーテボリの学生アパートにワープした。

たまに"あれ?聞きやすい。わかる単語が多いな"と思うと英語だったりするのもまた楽しい。

さらに無料アプリのDuoringoにスウェーデン語があることもわかったので、早速再ダウンロード。以前英語を少し試していたときには気がつかなかった。学習言語でスウェーデン語を選択すると日本語でなく英語モードになるので、一石二鳥。初学者コース、一日10分にて設定したので、現時点ではノーミス満点。いつまで続くかわからないけど、いまはめちゃ楽しい。

手のひらで、マイナーな言語に無料で触れることができる。リアルタイムで海外のラジオを聴ける。スマホの弊害も多々あるけど、留学した約20年前(!)を思うとやはりよい時代になったなと思う。

 

↓SverigesRadioのサイトから聴けるのは以前から知っていたけど、アプリの方が手軽。

sverigesradio.se

 

その問題は誰の問題?

2021年6月30日(水)

また眠れない夜に。

今朝は珍しく長女が起きてきた。どうやら完徹したらしい。少し一緒にいて欲しそうな様子だったので、教育テレビを見ながら他愛もない雑談をする。それだけで十分だったのに、そこまでにしておけばよかったのに、また余計な話をしてしまった。それでもしばらくその話題をしていた長女は、限界が来たのか機嫌を損ねたのか、唐突に自室にこもってしまった。ポツンと残されたわたしに残るモヤモヤ。つくづく課題解決思考なのは仕事では有効だけど、長女対応には向かない。

疲れすぎた夜。自責の念に押しつぶされそうになり、涙が止まらなくなり、これではダメだと正気に帰る。この数ヶ月何度目かの繰り返し。そして何度目かの自問自答。その問題は誰の問題なのか?

もちろんこれまで通りサポートはするけど、問題を切り分けよう。もしかしたら過去の家庭の状況や親チームの関わりに背景要因があったとしても、過去はどれほど悔いてもやり直せない。自責に苛まれても何もならない。

現在に焦点を当てると、長女の昼夜逆転や、学校に行かれないことは長女自身の問題で、わたしの問題ではない。わたしの問題ではないから、わたしが主体的に解決はできない。わたしにできるのは後方支援だけ。それよりわたしは、自分の体重と家の中のモノを減らす、という自分自身の問題に向きあおう。

 

行動の軸と“私の個人主義“

2021年6月29日(火)

最近また寝つきが悪く、眠りが浅い日が続いている。

ワクチンの副反応のためか、今日は目覚めた時から全身関節痛で倦怠感が強くて、終日しんどかった。この時期は6月末が期限の重要なタスクが連続しており、さらに今日は会議デーだったので、低空飛行ではあったけれどなんとか仕事は遂行した。

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しばらく前の中学受験塾の先生が子どもに対する接し方のお話の中で、“must""will""can"という軸の違いについて話されていた。つまり“must"は“やらなくてはいけないことをやる“、"will"は“したいことをする“、"can"は“できることをする、という行動の志向性の軸である。

もちろん大人も子どもも誰でもみんなこれらのミックスタイプだろうけど、それでも子どもたちのそれぞれの傾向の強さを考えるとなかなか興味深い。そしてつくづく自分は“must"が圧倒的に強いタイプだと気がついた。“must軸は身体をこわすことが多い“とその先生が話すのを聞いて、心底から納得した。

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わたしは“must"軸ではあるけれど、“やらなくてはいけないことをやる“ことは自分の意思(will)である。例えば、今日だるだるで軋む重たい身体で“このまま寝ていたいな“と思ったけれど、“登校する長男を見送って、習い事前お弁当と長女の昼食を用意して、仕事に行かなくていけないから起きなくては“と意志力で起きたのは、わたし自身の選択だ。

よく言われることだけど、結局人生とは選択の積み重ねだと最近あらためて考える。結婚するorしない、どの職業に就くか、どの学校に行くかなどの大きな岐路から、いま珈琲を飲むか飲まないかはたまた牛乳を飲むか、などなどなど。日常は無数の選択と判断で構成される。そうしてその分岐の最先端が“いま“であり、いまの選択が“未来“に繋がっていく。そしてその選択をできるのは、いつでも誰でも“自分“である。もちろん様々な外的要因や置かれた環境による選択“肢“の違いは当然にあるけれど、決めるのは常に自分だ。

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ただ、なるほど“must"軸だなーと思う瞬間は多々あり、今日も夕食を作る余力がなくコンビニで購入してきたお惣菜を温めながら“こんな(食事)でごめん“とオットに謝ったところ、“そんなの気にせんでええって何回言ったらわかるんや“と言われた。何十回と繰り返している会話だったりする。そしてコンビニのお惣菜は十分に美味しいのだ。(以前だったらそれでも無理して夕食を作って倒れていたように思うので、楽をする選択をしたのは成長の証だと思う)。

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高校生〜大学生前半の頃に出逢った“我が人生の三冊“。“私の個人主義“は高校の現代文の授業で配られたプリントが出逢いで、衝撃だった。中高時代は暗黒だったけれど、現代文の先生に出逢えたことと英語力をつけてもらえたことは価値があったと思う。

“文章の話“は、通信制大学時代に繰り返し読んだ。また読み返そうかな。

…とこの二冊が圧倒的に自分の“基盤“になっている。

次点が“君たちはどう生きるか“で、これは母か兄に薦められたような気がする。最近また話題になっているのを、書店で懐かしく手に取った。

 

ワクチン接種しました(2回目)

2021年6月28日(月)

今日の午後職場にて新型コロナウイルスワクチンの2回目を接種した。前回は会場に緊張感があったけれど、今回はかなり緩んだ空気があり、内心色々考えてしまった。

2回接種できたので、2週間経つと一応抗体ができるだろうけど、日常生活での予防対応は変えるつもりはない。淡々といままでの予防対応を継続するのみ。ただ職場ー自宅間で自分が感染の媒介になるリスクは減るだろうから、その安心感はある。

なお気になる副反応は1回目より少しだるくて微熱が出たけれど、その程度は当然だろう。というか、このだるさと微熱は単に睡眠不足なのかもしれない(苦笑)

なお接種後15分程度の待機時間を過ぎれば、みんな当然に業務に戻っていく。一般企業ではワクチン接種当日や翌日は休みやテレワーク対応のところも多いようだけど、個人的にはインフルエンザ予防接種の職場接種と変わらない感覚(もちろん当日ないしは翌日に発熱等の強い副反応が出た場合には休みになるし、翌日が休みの日に接種を希望する職員もいる。でもこれもインフルエンザ予防接種でも同じなような)。