"孤高のメス"(怒りのニキ)

本を読んで、事実誤認に気がつき怒ることはたまにあるけど、この大鐘稔彦"孤高のメス 外科医当馬鉄彦"第1巻(幻冬舎文庫,2007)には心底腹が立った。この本は、要はブラックジャックのようにめちゃくちゃ腕の良い外科医がアウトサイダー的に大活躍をする話のようだけど、第1巻では肝移植がひとつの主題になっている。

肝移植で救われる疾病のひとつに、私の慢性疾患である"ウィルソン病"があげられていて、それ自体は問題ナイ。ウィルソン病は、たとえ肝臓に症状が出る肝型だったとしても適切な食事療法と投薬治療を受けていれば、コントロール可能。肝移植は全く必須ではないけれど、重度の肝硬変になってしまっている場合には、確かに選択肢のひとつではあるからだ。

この本の後半に、宗教上の理由により輸血を行うことができない18歳の患者が登場し、外科的治療を行わざるを得ない場面が描かれている。で、その患者が、ウィルソン病なのだ。

私が本当に腹が立ったのは、この場面でのウィルソン病についての描かれ方と、医師同士の会話にて行われる説明だ。

「どの道、長生きは出来ないみたいですね」
木原が辞典から目を上げて言った。
「ウン。しかし、このまま逝ってしまっては気の毒だな」
当麻はICUに視線を移した。
(大鐘稔彦"孤高のメス 外科医当馬鉄彦"第1巻,201頁)

この他にも、ウィルソン病がかかったら必ず死んでしまう不治の病として説明をされている箇所が数箇所あり、そのたびに"私は幽霊だとでもいうのかね?"とツッコミを入れながら読み進めた。白血病ですら、渡辺謙を引き合いに治療可能な病気と描かれているのにも係わらず、この描かれ方だ。

その他にも、ウィルソン病には、肝臓には一切症状のでない神経型や、肝型と神経型のmixである肝神経型(私はこのタイプだった)があることなどは、全く触れられていない。この本だけ読むと、ウィルソン病=肝臓の不治の病だ。

小説を読んでいて、事実誤認に気がつくことはたまにあるし、小説家が万能でない以上それは仕方のないことだとは思う。そもそもヒトは誰しも自分の知識や経験を超えた以上のことは分からないし、書けない。

ただこの本の作者の大鐘稔彦というヒトは、幻冬社の作戦なのか本人の希望なのかは知らないけれど、1943年生まれの京大医学部出身で、約6,000件の手術を手がけて、いまなお現役の医師であることを売りにしている。だから、腹がたつ。

例えば、今現在ウィルソン病で苦しんでいる患者さんやご家族が、たまたま手にとってしまったら、どんなに絶望されてしまうだろう。さらに周囲に正しい知識を持った医師がいなかったら?もしくは若い医師が本書を読んで、偶然ウィルソン病の患者さんと出会ったらどうなる?

幻冬社と作者に次版での修正と、ウィルソン病患者に対するお詫びを求めようかと真剣に考えてしまうくらいに、怒っている。