"ルポ貧困大国アメリカ":その弐

昨日の続きで、堤未果"ルポ貧困大国アメリカ"(岩波新書,2008)の後半について。

第3章までも十分に読んでいてうなってしまう内容だったのだけど、第4章と第5章は、寡聞にして私が全く知らなかった驚愕の現実。いかにしてアメリカ国家や大企業が"戦争"を"貧困ビジネス"化しているか、ということ。

第4章"出口をふさがれた若者たち"では、経済的に裕福でない層の学生をターゲットにした実質的な"徴兵政策"という恐ろしい事実が明らかにされている。第一に、"落ちこぼれゼロ法"により高校生を対象に全国一斉学力テストが実施されるが、その条項のなかに"全米のすべての高校は生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出すること"という内容があり、拒否すると助成金をカットされるのだそうだ(p.101)。助成金カットという報復措置があるため、特に貧しい地域の高校では拒否する選択肢はなく、やむなく生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出せざるを得ない。米軍は、それらの膨大な高校生のリストをふるいにかけて、"なるべく貧しく将来の見通しが暗い生徒たちのリスト"を再度作成した上で、営業研修を受けた軍のリクルーターたちがそのリストの生徒たちの携帯に電話をかけて、直接勧誘をするという。さらにその勧誘の実態は、アメリカ国内でも問題視されているほどに、"詐欺まがい"なのだそうだ。

勧誘条件は大きく分けて五つある。(一)大学の学費を国防総省が負担する、(二)好きな職種を選ぶことができ、入隊中に職業訓練も同時に受けられる、(三)信念と違うと感じたときは除隊願いを申請できる「良心的兵役拒否権」の行使が可能、(四)戦地に行きたくない場合は予備兵登録が可能、(五)入隊すれば兵士用の医療保険に入れる。(p.102)

8〜9割の若者の入隊希望理由は(一)学費免除だが、実際に入隊後に大学の学費を受け取る兵士は全体の35%に過ぎないというデータがあり、この理由は学費を受け取る際に、前金の納付が義務付けられているためということである。リクルーターが勧誘するときには、この前金については一切触れられず、学費免除だけが強調される。

ある教師の言葉が紹介されている。

ワーキングプアの子どもたちが戦争に行くのは、この国のためでも正義のためでもありません、彼らは政府の市場原理に基づいた弱者切捨て政策により生存権をおびやかされ、お金のためにやむなく戦地に行く道を選ばされるのです。(p.107)

この他にも、入隊理由として二番目に多い"兵士用医療保険"のお粗末な実態や、リクルーター自身もまた貧困層出身の兵士たちであり前線に戻される恐怖から必死にノルマをこなさざるをえないこと、そうやって騙されて入隊した後のあまりに哀しい結末のいくつもの実例、さらには民営化学資ローンからカード地獄や多重債務に陥り、学費免除を目的に入隊せざるを得ない大学生たちの実態まで、アメリカが行っている現在の戦争の裏に隠されている恐るべき現実が詳細に述べられている。そして恐るべきことに、自衛隊がアメリカのリクルーターと同様の文句で高校生たちを勧誘している話があるという(p.204)。

なかでも私が思わず"えっ、そこまでやるのか!?"と読んでいた喫茶店で声を上げてしまったのは、"アメリカズ・アーミー"という陸軍が巨額費用をかけて開発している、オンラインゲームによる新兵獲得戦略だ。その費用は、初期開発に440万ドル(約4億4000万円)、新バージョン開発費用に毎年150万ドル(約1億5000万円)(p.135)というから恐れ入る。それだけの費用があるなら、どれだけの教育や医療、社会福祉政策を充実できるかと考えてしまう。

"アメリカズ・アーミー"の公式サイトを見ると、気持ち悪くなるくらいリアルなCG映像。しかも実際に陸軍で使用されている軍服を身に付けて、最新鋭の武器や装備を用いてプレイできるという。ゲームのなかでの新兵の訓練も実際の陸軍の訓練と同一らしい。それが無料で遊べるのであれば、当然子どもたちは飛びつくだろう。

本書によると、頻繁にバージョンアップが行われ、ダウンロード情報はメールアドレスやPCの位置情報(IPアドレス?)を含めて全て軍に送られているという(p.137)。つまり軍は、このゲームを通じて、擬似新兵訓練を終えて、どの程度の擬似戦闘能力をもつ子どもたちがどこにどれだけいるのかを把握できる。

最終章の第5章"世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」"では、そのタイトルのとおり、現在アメリカが行っている戦争が世界中の貧困層からの出稼ぎ派遣民間人によって支えられている現実が、描かれている。

そこで述べられているのは、契約前には高報酬などの好条件が並べ立てられ、契約には前金が必要で、実際にはパスポートを預けさせられる。わが国の"外国人研修制度"を彷彿とする内容である。

最近、続けて貧困と題名につく書籍を読んできて、それぞれに勉強になることや新たな知識は得られたけれど、何よりも衝撃的だったのは、本書だった。新自由主義はここまでくるのか、と心底恐怖を感じた。アメリカの大統領が交代したことで、何がどこまで変わっていくのか、自分の問題としてきちんとみていきたい。さらにもっと切実な問題として、例えば介護保険制度などの自分にとって身近な制度や政策に見出せる流れからも、日本がどこへ向かっていくのか、何がいま起こっているのかについて注視していかなくては、とあらためて決意した。

本書のあとがきにこう書かれている。

無知や無関心は「変えられないのでは」という恐怖を生み、いつしか無力感となって私たちから力を奪う。だが目を伏せて口をつぐんだ時、私たちは初めて負けるのだ。そして大人が自ら舞台をおりた時が、子どもたちにとっては絶望の始まりになる。(p.206)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)